「元気にしてますか?」
仕事を終え、駐車場に歩いて向かう途中、有料老人ホームの一室を見ながら、僕は呟いた。
もうあれから2年が過ぎた。
Aさんは2年前、95歳でこの世を去った。
彼女からは贈物を2つ(生後と死後)いただいた。
もう5年目くらい前の話になる。
「先生、ちょっと来て」と妙に真剣な顔つきで息を切らせて歩行器を押しながら、僕をスタッフルームから呼び出したのは95歳のAさんだった。
周囲を気にしながら1枚の紙切れを右ポケットから取り出して僕に渡してきた。
「ちゃんと聞いといたから」 とにっこり笑い、背伸びをしながら僕の耳元で「電話してあげて」とIさんは言った。
「まさか」と思い、胸が高鳴った。
紙切れを広げると、そこには「 090 -○○○○-○○○○」と11桁の携帯番号が書かれていた。
僕のびっくりする様子を楽しむように、Aさんは満足感に満ちあふれた表情で、
「後は、先生次第だからね」と。
なんと95歳のAさんから70歳年下の女性Bさんを紹介していただいたのである。
ちょっとのことでは驚かない僕も、このときばかりは驚いた。
相手はAさんが入所する有料老人ホームの介護職員。
Aさんのリハビリを以前担当していた僕はBさんと顔をあわせることが何度かあった。
結論的にBさんは婚約しており、ご飯すら一緒に行けなかったのだが、印象に残った1つ目の贈物であった。
その出来事の後、1年くらいでAさんは亡くなった。
Aさんは自分の子どものようにずっと僕のことを心配してくれていた。
「 私が生きてるうちに結婚して欲しい」と、今、考えると本気で言ってくれていたと思う。
悲報をうけ、コートも羽織らずに病室に行き、Bさんの顔をみたとき泪が止まらなかった。
祖母が他界してからは、その方が僕にとって祖母みたいな存在だったと亡くなって実感した。
Bさんの娘さんと話しをさせていただいたとき、僕の事を信じられないくらい知っていた。
娘さんは「母から、よく聞いていました」と言った。
与えられることの方が多かったけど少しはBさんに何かを与えられたのかな。と思った。
医療職として患者さんとの距離感は非常に難しい。
しかし、病後の彼女の人生に僕の存在が影響を与えていたことを知り、そんな関わり方が出来たらなあと感じた。
十分すぎる2つ目の贈物であった。
今も、振り返れば、姿がみえるような気がしている。
死んだら、好きだった人の心の中に入ると僕は思っている。
少しは、僕の心の中に入ってくれたかな。
上品で、清潔感のあるあなたが大好きでした。